okiyoga YASUKO

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沖正弘・ヨガとの出会い


1919年1月、警察官の父親と熱心な浄土真宗の母親の長男として生まれました。広島県出身。
戦後、日本におけるヨガを広めた草分け的人物で、その普及に努めたヨガブームの立役者。
求道ヨガの世界的権威で"日本ヨガの父"と称される。

インド独立運動の平和的改革者、マハトマ・ガンジーと並び称される英雄がいます。
反英闘争の先頭に立ち、度重なる投獄による弾圧に屈することなく戦い続けたビルマの傑僧、ウ・オッタマ僧正(1879年〜1939年)です。
若い頃にイギリスでの留学経験があるオッタマ僧正は、世界の予測を翻し日露戦争に勝利したアジアの強国日本に憧れ、1910年(明治43年)に初来日しています。そして、3年間にわたる視察を『日本』という著書にしたためました。

この本は発行されるやいなやビルマの若者達の心を魅了し、国民の独立への思いを喚起させたといわれています。

沖少年が初めてヨガについて耳にしたのは、この僧正からでした。
沖家にオッタマ僧正が数日滞在された小学2年生の時でした。


マハトマ・ガンジー師との出会い・繋がり


沖導師が青年期の頃、 オッタマ僧正の紹介により、インドではかねてから教えを請いたいと願っていたガンジーを訪ねる機会を得ることができました。

ガンジーが平和思想家で真の自由人となれたのは、ヨガを学び実行してきたからこそと聞き、その理論と方法をぜひ身につけたいと申し出ました。
するとガンジーはオッタマ僧正と同じく、「ヨガは密教であるから教えることは出来ない。しかし生活そのものをヨガとして行じているのでそこから学ぶとよい」と滞在の手配を整えてくれたのでした。


ガンジー師の生活ヨガ


ガンジー師の1日はまず、呼吸法から始まりました。そしてマラソンで体を温めると、すぐに水浴します。
これはすべて、眠りから目覚めへ、副交感神経から交感神経へ、アセチルコリン刺激からアドレナリン刺激へ、といった逆刺激によるバランス維持法です。

そしてその後に冥想することで精神統一をし、バランスをとり安定を計っていることが分かりました。

ガンジー師の生活ぶりを真似ているうちに、沖青年は"ヨガとは自然の法則に従う"ということだと理解しました。
絶え間なく変化する中で、『常に心を進化させながらバランスを取り続け、安定した生き方をする』ことが、ヨガであると体得したのでした。


ガンジー師はまた、人間は普段どうしても食べ過ぎてしまう傾向にあるので、断食によってバランスをとることが必要だと沖青年を感化しました。
すべてを学びとろうとする、鋭敏で聡明さに溢れたこの若者にガンジー師は云うのでした。

「お前のやり方を発見しなさい。真似するのは原則だけだ。
自分で自分をどの様に生かせば一番能力を発揮できるのか、自分の生命が一番喜ぶ自身の使い方、体の使い方、心の養い方、生活の仕方を発見することが、安定を導くのだ。
そしてそれがヨガなのだよ。」


沖ヨガとは…


沖ヨガは、マハトマ・ガンジーからヨガの真髄を学び、日本にヨガを紹介した沖正弘導師が、長い修行経験と豊富な学識によってユニークな現代ヨガのシステムを築き、伝統的インドヨガに東洋医学や禅などを融合させてつくった独特の総合ヨガで、生命科学であり、実践哲学です。
単なるエクササイズや健康体操ではなく、生活の中で実践し、健康・幸福・調和の実現を目指すところに特徴があります。
沖正弘導師は、皇室のかたや、政財界の重鎮、一流プロスポーツ選手にもヨガを指導され、尊敬を集めていました。
沖ヨガは日本のみならず、世界へその名をOKI DO、またはOKIDO YOGAとして知らしめ、現在も欧米やヨーロッパやアジア等にも広がっています。


参考文献・サイト


ヨガ行書第一巻「ヨガに生きる」(霞ヶ関書房)
ヨガ行書第三巻「人間をつくる」(霞ヶ関書房)
「冥想ヨガ入門 – 解脱・悟り・三昧 – 」(日貿出版社)
「ヨガの喜び 心も体も、健康になる、美しくなる」(光文社)
すべて沖正弘著

http://www.okiyoga.org/


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